「未来の足音」誕生秘話
校歌「未来の足音」の由来について(前編) 奥田 信夫 私は本校の校歌「未来の足音」が大好きである。歌うたびに、歌詞の一つ一つの...
校歌「未来の足音」の由来について(前編) 奥田 信夫 私は本校の校歌「未来の足音」が大好きである。歌うたびに、歌詞の一つ一つの...
昨年12月21日、伐採作業の事故のため池野雅道さんが77歳で突如他界されました。 池野さんは23歳の時、愛農会の創始者である小谷...
社会学者マックス・ウェーバーと愛農会長・小谷純一は、キリスト教的ヒューマニズムと熱情的な実践という点で共通する。ウェーバーが近代社会の非情な合理性を分析しつつも良心に基づいた行動を求めたように、小谷氏も信念と熱情をもって日本農村改革という理想に献身している。筆者は小谷氏を現代におけるウェーバー的理想の体現者と見なしている。
医師・梁瀬義亮氏は、京大医学部卒業後、軍医としてフィリピン戦線で生死の境を体験する。特に玉砕覚悟の状況で母親の金平糖の缶を見て**エゴを離れた「第二の心」(感謝の心)**に目覚める。 復員後、開業医として農薬汚染をいち早く訴え、有機農法の啓蒙と実践(愛農会設立)に尽力した。また、結核で死に瀕した際、父の**「念仏以外に道はない」**という言葉とベートーベンの音楽により奇跡的に回復。これらの体験を通し、仏教の教えと「生かされている」という感謝の念を行動の基盤としている。
小谷純一は、内村鑑三の影響を受け、1950年に信仰雑誌**「聖霊」を創刊し、内村の「デンマルク国の話」を連載しました。小谷は内村を、日本の誤った愛国心や富国強兵路線を痛烈に批判した「預言者」であり、神に選ばれて日本国民の思想を浄化し、国家の滅亡を防ごうとした「義人」「世の光」**であると高く評価しました。 小谷は内村の弟子である黒崎幸吉、政池仁、矢内原忠雄らを愛農塾や愛農聖書研究会(1958年設立)に招き、内村の信仰と教えを愛農運動の中心に据えました。特に矢内原忠雄は1957年に愛農会の信仰大会で講演し、その活動を高く評価しました。 小谷自身も内村に触発され、自身の卑怯さや弱さを自覚しつつも、敗戦日本と人類を救う**「愛農救国運動」**の遂行という神の召命に応答する決意を表明しています。
小谷純一は、キリスト教信仰において**「良心」を最も重視し、神の声を聞く受信機として人間に備わったものだと説きました。愛農学園農業高校の建学の精神では、「神を忘れた良心は麻痺する」と警告し、その覚醒**を教育目標としています。 小谷は「聖霊」誌上で、良心を「神のみ姿をうつす鏡」と呼びましたが、人間の良心は罪によって汚れ麻痺しているため、そのままでは神を見ることができないと指摘しました。カントの言う実践理性にも言及しつつ、努力や修養による良心の清浄化を否定。キリスト・イエスの十字架を信じ仰ぐことでのみ、良心の汚れは洗い清められ、**「世の光、地の塩」**たる真実な良心に甦ると強調しました。 彼は、聖書を通じてキリストの人格とみ言葉に触れることこそが、眠れる良心を目覚めさせる道であると教えました。
「韓国有機農業の父」と称される**元敬善(ウォン・ギョンソン)**氏(1914年生まれ)は、1953年に京畿道富川市で「プルム農園生活共同体」を設立し、飢えた人や孤児と共に自給自足の生活を始めました。 1975年に小谷純一氏を韓国に招き、「肥料と農薬で育てた農産物は生命を殺す」という警告に共鳴。翌1976年に農場を移転し、「命を大切に」を精神的基盤に、韓国で初めて化学肥料と除草剤を使わない有機農業を開始しました。同時に、韓国初の有機農業従事者団体**「正農会」**を発足させました。 彼は有機農法を通じて環境保護と海外伝道・平和活動に尽力し、国連グローバル500賞をはじめとする数々の賞を受賞。生涯にわたり共同体運動を続け、その活動は2004年に忠清北道槐山郡へ移転した後も受け継がれています。